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肩甲骨機能をフォースカップルから考える



はじめに


肩関節は、人体の中で最も可動域が広い関節であると同時に、解剖学的に非常に不安定な構造をしています 。


この自由度と安定性という相反する要素を両立させているのが、複数の筋肉が互いに打ち消し合い、協力し合うフォースカップル(偶力)というメカニズムです。


この記事では、臨床や運動指導で活かせる肩甲骨のフォースカップルのメカニズムから機能不全の影響について解説します。



フォースカップル(Force Couple)とは?


2つ以上の筋がそれぞれ異なる方向に力を発揮しながらも、結果として同じ回転方向の動きを生み出す相互作用のことです[1]。


肩関節複合体においては、主に以下の3つのフォースカップルが重要とされています[2]。




  1. 三角筋と回旋筋腱板のフォースカップル(前額面)

肩関節で最も大きなトルクを生み出す組み合わせであり、腕の挙上において中心的な役割を果たします。


  • 三角筋の作用:腕を挙上する際、上腕骨頭に対して上方および外側への力を生み出します。

  • 回旋筋腱板(棘下筋、小円筋、肩甲下筋)の作用:三角筋の上方への力に対抗して、下方および内側への力を発揮します。

  • 棘上筋の作用:上腕骨頭を関節窩に押し付ける(圧縮する)力を生み出し、さらに安定化させます。


機能的意義: この協調作用により、上腕骨頭が関節窩の中心に保たれ、インピンジメント(挟み込み)を起こすことなくスムーズな腕の挙上が可能になります。もし回旋筋腱板が機能不全に陥ると、三角筋の上方への力が優位になり、上腕骨頭の上方偏位や肩の痛みのリスク増大につながります。

  1. 前後の回旋筋腱板のフォースカップル(水平面)

上腕骨頭を前後から挟み込むように作用し、関節の求心性を保ちます。


  • 前方: 肩甲下筋が前方のスタビライザーとして機能します。

  • 後方::棘下筋と小円筋が後方のスタビライザーとして機能します。


機能的意義:これらが同期して働くことで、肩関節の完全な骨頭の中心化が保たれます。筋力のインバランス(不均衡)が生じると、肩の安定性が損なわれる可能性があります。

  1. 肩甲骨のフォースカップル(僧帽筋と前鋸筋)

肩甲上腕関節だけでなく、肩甲骨自体の動きを制御するフォースカップルも腕の挙上には不可欠です。


  • 関与する筋肉:僧帽筋上部、僧帽筋下部、および前鋸筋。


メカニズム

  • 前鋸筋と僧帽筋下部は、肩甲骨を上方回旋させるために協力します。

  • 前鋸筋は肩甲骨の下角を外側・上方へ引きます。

  • 僧帽筋下部は、前鋸筋の上方への牽引力とバランスを取るために下方へ引きます。

  • 僧帽筋上部は肩甲骨を引き上げ、上方回旋を補助します。



肩甲骨上方回旋の主要なメカニズム


腕を高く上げる動作(外転・屈曲)において、肩甲骨は「上方回旋」という動きを行います。これを達成するために、以下の3つの筋肉がバランスよく働く必要があります。

僧帽筋上部 (Upper Trapezius)

肩甲骨の上角を上方および内側に引き上げ、動きを始動させます。また、鎖骨を挙上・後退させることで、間接的に肩甲骨の上方回旋をサポートします。

前鋸筋 (Serratus Anterior)

肩甲骨の下角を外側・前方へと強く引き出します。前鋸筋は、腕を全範囲で挙上させる際の上方回旋の主要な駆動力であり、肩甲骨を胸郭に押し当てて安定させる役割も担っています。

僧帽筋下部 (Lower Trapezius)

肩甲骨の棘三角部を下方へ引き込みます。前鋸筋による上方・外側への引き込みに対して、カウンターバランスとして機能し、肩甲骨の回転軸を安定させます。


肩の運動フェーズ別に見る肩甲骨の動態


肩関節の挙上角度によって、以下の筋肉が作用します。

フェーズ

角度

主な働き

初期

0°〜60°

前鋸筋が肩甲骨の下の角を外側に動かし、肩甲骨をわずかに上向きに回転させ、動きを始めます。


僧帽筋上部が肩甲骨の上の角を持ち上げ、安定させることで、動きをサポートします。

中期

60°〜120°

前鋸筋が主要な上方回旋筋となり、肩甲骨の下の角を外側へ強く引っ張ります。


僧帽筋下部は、肩甲骨の回転軸を安定させるため、前鋸筋の上方への力とバランスを取りながら、肩甲骨を下向きに引きます。


僧帽筋中部が肩甲骨を背中側に引き寄せて固定し、肩甲骨が前に傾きすぎたり、翼状肩甲を防ぎます。

最終段階

120°〜180°

僧帽筋下部と前鋸筋が協力し、肩甲骨の上方回旋を最後まで維持し、肩甲窩が上腕骨頭と一直線になるように調整します。


僧帽筋上部は、この高い位置での肩甲骨の安定性を維持します。



フォースカップルの機能不全によって生じる影響


筋の弱化や過活動によってこのバランスが崩れると、肩甲骨の運動異常(肩甲胸郭リズムの乱れ)が生じ、以下のような問題を引き起こします[3],[4]。


  • 肩峰下インピンジメント症候群:肩甲骨の上方回旋が不十分になると、肩峰下のスペースが狭まり、腱板や滑液包が挟み込まれます 。

  • 翼状肩甲 (Scapular Winging):特に前鋸筋の機能不全により、肩甲骨の内側縁が胸郭から浮き上がります 。

  • 肩甲骨の代償的挙上 (Scapular Hiking):前鋸筋や僧帽筋下部が使えない場合、上肢を挙げるために肩甲骨全体をすくめるように引き上げてしまいます 。



評価と運動療法のポイント


現場で役立つ肩甲骨の評価と運動療法のポイントを整理します。


評価の視点

  • 静的評価

  • 動的評価 (Scapular Dyskinesis Test)[5]

  • 肩甲骨補助テスト (SAT)[6]


運動療法

  • 前鋸筋の強化:プッシュアップ・プラスやウォール・スライドなど、肩甲骨の外転・上方回旋を意識したエクササイズが有効です 。

  • 僧帽筋下部の活性化

  • 僧帽筋上部の抑制:過活動がある場合は、軟部組織へのアプローチや、肩をすくめない正しい運動パターンの再学習を行います [7]。



まとめ


  • 肩関節の広い可動域と安定性を両立させているのが、筋同士が協調・拮抗するフォースカップルです。

  • 特に肩甲骨では、前鋸筋・僧帽筋上部・下部がバランスよく働くことで上方回旋が成立し、スムーズな腕の挙上と肩関節の求心性が保たれます。

  • この協調運動が破綻し、機能不全に陥ると、インピンジメントや翼状肩甲、代償的挙上などの機能障害が生じるリスクが高くなります。

  • 臨床や運動指導では、肩甲骨の動態を適切に評価した上で、前鋸筋や僧帽筋下部の活性化、過活動筋の調整を行うことが重要です。




参考文献

  1. Neumann DA. Kinesiology of the musculoskeletal system: foundations for rehabilitation. 3rd ed. St. Louis: Elsevier; 2016.

  2. Muscle and Motion. The Rotator Cuff Force Couples.

  3. Burkhart SS, Morgan CD, Kibler WB. The disabled throwing shoulder: spectrum of pathology part I: pathoanatomy and biomechanics. Arthroscopy. 2003;19(4):404-20.

  4. Michener LA, McClure PW, Karduna AR. Anatomical and biomechanical mechanisms of subacromial impingement syndrome. Clin Biomech (Bristol, Avon). 2003;18(5):369-79.

  5. Struyf F, Nijs J, Baeyens JP, Mottram S, Meeusen R. Scapular positioning and movement in unimpaired shoulders, shoulder impingement syndrome, and glenohumeral instability. Scand J Med Sci Sports. 2011 Jun;21(3):352-8. 

  6. Kibler WB, Ludewig PM, McClure PW, Michener LA, Bak K, Sciascia AD. Clinical implications of scapular dyskinesis in shoulder injury: the 2013 consensus statement from the 'Scapular Summit'. Br J Sports Med. 2013 Sep;47(14):877-85.

  7. Reinold MM, Wilk KE, Andrews JR. Current concepts in the rehabilitation of the overhead throwing athlete. Am J Sports Med. 2009;37(6):194-210.

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