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運動指導だけでは足りない:フィットネス分野で活動するトレーナーが社会に貢献するために必要なこと


はじめに


フィットネス専門家は、「運動を通じて人々の健康を支える存在」として、 医療や公衆衛生の分野からも大きな期待を寄せられています。しかし実際の現場ではその理想と現実には大きな隔たりがあります。


この記事では、その役割を研究レビューに基づき、臨床家や指導者が直面する課題と、連携する上で知っておくべき重要なポイントを解説していきます。



Key Points:この研究レビューから見えてきたこと


  • トレーナーの役割と教育のミスマッチ: トレーナー役割は曖昧で、過度な期待が寄せられている一方で、その職務を全うするための教育やトレーニングが追いついていないという大きなギャップが存在しています。

  • 専門職としての地位の未確立: 医療専門家からの懐疑的な見方や、業界内の低賃金・高い離職率といった労働問題が、専門家としての信頼性と地位の確立を妨げています。

  • 構造的な問題: これらの課題は、個々の専門家の能力不足に起因するものではなく、フィットネス業界全体の構造的な問題に根ざしている可能性があります。



なぜ、フィットネスの専門家の役割が改めて注目されているのか?


世界保健機関(WHO)によると、「身体の不活動(physical inactivity)」は世界で4番目に多い死因であり、その広がりは「パンデミック」とまで呼ばれる深刻な公衆衛生上の問題となっています(WHO, 2010; Hallal et al., 2012)。


身体の不活動は個人の生活習慣の問題ではなく、社会全体の健康に影響する大きな課題になっているのです。


こうした状況の中で注目されているのが、フィットネス産業と、そこで活動する専門家たちです。日常的に人々の運動や行動に関わることができる彼らは、社会の健康づくりを支える重要な存在になり得ると考えられています。


研究者、政治家、そして業界団体など、多くの関係者が彼らの潜在能力を支持しており(例R. E. Sallis, 2009)、フィットネス業界は公衆衛生の課題解決において重要な役割を担うべきだという声が高まっています。


なぜ、フィットネスの専門家が「社会の健康」を担う存在として注目されているのか

ある教科書では、「フィットネスの専門家は、20世紀初頭に主要な病気のワクチンを発見した科学者とほぼ同じように、健康の最前線にいる」とまで述べられており、その期待の高さがうかがえます(Howley & Thompson, 2012)。


しかし、こうした高い期待がある一方で、フィットネス専門家が現実にその役割を果たせる能力を持っているのか、そして彼らを支える教育やトレーニングは十分なのかという点については、これまでほとんど明らかにされていませんでした。


明らかになった4つの大きな課題


フィットネスの専門家が現場で直面している4つの課題

研究論文を見直していく中で、フィットネス専門家が現場で直面している共通の問題点が、主に4つあることが浮かび上がってきました。

健康への効果を示すエビデンスの不足

専門家としての役割の曖昧さと過度な期待

教育・トレーニングの質による問題

専門家としての信頼性と社会的地位の不足


1.健康への効果を示すエビデンスの不足


健康への効果を示すエビデンスの不足

パーソナルトレーナーの関与が、クライアントの筋力向上や運動プログラムの継続率改善につながることを示した研究は、これまでにもいくつか報告されています(Mazzetti et al., 2000; McClaran, 2003)。この点において、個別指導が一定の効果を持つことは示唆されています。


一方で、医療機関が「運動が必要な人」をフィットネスの現場へとつなぐ、より社会的な健康づくりの仕組みについて検討した多くの研究では、期待されたほどの健康効果は得られていないことが一貫して報告されています。


さらに重要なのは、これらの研究の多くがそのような仕組みが存在すること自体に効果があるのかという点に主眼を置いており、実際に現場で誰が、どのような判断や方法で運動指導を行っているのかといった、指導の中身や質については、ほとんど分析されてこなかったという点です。


その結果として、フィットネスの専門家が公衆生成レベルの健康改善に明確な好影響を与えていると断言するには、客観的で質の高い研究データが現時点では圧倒的に不足していると言わざるを得ません。


この背景には、フィットネス業界が主に商業的な仕組みの中で成り立っており、業界主導の研究では、公衆衛生上の主張を裏付けるために必要な独立性の高い評価が行われにくいという構造的な問題が存在しています。



2. 専門家としての役割の曖昧さと過度な期待


専門家としての役割の曖昧さと過度な期待

フィットネスの専門家、特にパーソナルトレーナーの役割は、単なる運動指導に留まりません。彼らは教師、カウンセラー、栄養士、ライフコンサルタントなど、極めて多岐にわたる役割を担っていることが指摘されています(Smith Maguire, 2001, 2008)。


クライアントとの関係が深まるにつれて、専門家としての役割の境界線は曖昧になりがちです。その結果、本来の専門外である個人的な問題にまで関与してしまう危険性も報告されています(Madeson et al., 2010)。


また、専門家の引き締まった身体的な見た目(Bodily capital)が、専門知識のレベルと誤って結びつけられやすいという問題もあります(Hutson, 2013)。見た目の良さが必ずしも質の高い指導を保証するわけではないため、場合によっては、クライアントが不適切、さらには有害になり得るアドバイスを受けてしまうリスクがあります。



3. 教育・トレーニングの質による問題


 教育・トレーニングの質による問題

フィットネスの専門家は、肥満、糖尿病、パーキンソン病といった多様な健康課題を持つクライアントを担当する機会が増えています。


しかし、彼らが受けている教育やトレーニングが、こうした複雑なニーズに対応するには不十分であるという懸念が高まっています。


ある研究では、運動科学の学士号を持つトレーナーの方が、そうでないトレーナーに比べて健康やフィットネスに関する知識レベルが有意に高いことが示されました(Malek et al., 2002)。


さらに深刻なのは、資格レベルが低いトレーナーほど、インターネットなどから得た情報の質を評価することに困難を覚えると報告されている点です(Stacey et al., 2010)。


これは単なる知識不足ではなく、エビデンスを評価する基本スキルの欠如を意味し、クライアントの安全と指導効果に直接影響する重大な問題です。



4. 専門家としての信頼性と社会的地位の不足


教育・トレーニングの質による問題

現在、医療従事者などフィットネス業界以外の専門職の間では、フィットネス業界やトレーナーに対して「本当に専門的で信頼できるのか」という疑問がまだ残っています。これは、業界全体として、専門知識や教育の質が十分に信頼されていないことを意味しています。


さらに、フィットネス業界の内側にも問題があります。給料が低い、仕事を辞める人が多い、将来どのようなキャリアを築けるのかが分かりにくい、といった状況が続いており、その結果、能力の高い人材を集めたり、長く働いてもらったりすることが難しくなっています(Lloyd, 2005)。


また、Lloyd(2005)は、雇用主が「体の仕組みを正しく理解しているか」といった専門的な知識よりも、「明るく接客できるか」「感じが良いか」といった点を重視する傾向があることを指摘しています。


このように、商売としての都合が専門性より優先される状況は、利用者が受けるサービスの質を下げたり、安全面でのリスクを高めたりする可能性があります。



研究の限界


本研究は、あらかじめ厳密な基準を設定して文献を網羅的に選別するシステマティックレビューではなく、関連する幅広い文献をもとに議論を整理した一般的な研究レビューです。


そのため、どの文献を取り上げるか、またそれらをどのように解釈するかについては、著者らの判断や視点が一定程度反映されている可能性があります。この点から、本研究の結論は絶対的なものとしてではなく、解釈の余地を含むものとして慎重に理解する必要があるという限界があります。


臨床的示唆:私たちはこの内容をどう活かすべきか?


トレーナーやセラピストとしてこの結果をどう活かすべきか?

ここまで述べてきた4つの課題(エビデンスの不足、役割の曖昧さ、教育体制の不十分さ、そして信頼性や社会的地位の低さ)は、個々のフィットネス専門家の能力が低いから生じている問題ではありません。


これらは、フィットネス業界そのものが抱える構造的な問題です。この点を正しく理解することが、理学療法士やトレーナーなどの専門職が現場で適切に行動するための前提となります。



その上で、以下のような視点が重要になります。


連携と評価の視点

地域のフィットネス専門家と連携する際には、必ず資格や教育背景を確認することが重要です。特に、運動科学などの大学学位の有無や、ACSMやNSCAといった国際的に信頼性の高い資格を保有しているかどうかは、専門性を判断するための有力な指標となります。また、その専門家が対応できる範囲を正しく理解し、過度な期待を抱かず、役割を明確に分担することが、健全な連携につながります。

教育者としての視点

クライアントや患者を地域のフィットネス施設に紹介する場合には、指導者の見た目や雰囲気だけで判断しないよう助言する必要があります。知識や技術、説明力、コミュニケーション能力を重視し、資格や経歴を確認することの重要性を、専門家として伝える役割が求められます。

教育者としての視点

クライアントや患者を地域のフィットネス施設に紹介する場合には、指導者の見た目や雰囲気だけで判断しないよう助言する必要があります。知識や技術、説明力、コミュニケーション能力を重視し、資格や経歴を確認することの重要性を、専門家として伝える役割が求められます。

業界全体への視点

フィットネスの専門家が置かれている低賃金や雇用の不安定さといった労働環境は、学習意欲や実践の質に直接影響します。この点を理解することで、専門性のばらつきが生じる理由を、個人の問題としてではなく構造的に捉えることができます。さらに、業界全体の専門性向上や労働環境の改善に向けた動きに関心を持ち、質の高い専門家が育つ環境を支持することは、長期的に見てより良い地域連携を築くことにつながります。


まとめ


フィットネスの専門家は、クライアントにとって心強いパートナーになり得ますが、その役割には限界があり、業界全体として抱えている構造的な課題も存在します。


そのため、必要以上の期待を持つのではなく、トレーナーがどのような資格や教育背景を持っているのかを客観的に確認し、対応できる専門性の範囲を理解した上で関係性を築くことが大切です。



参考文献



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