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STarT Backとは何か?:腰痛治療を個別化するためのリスク層別化アプローチ

キーポイント:この研究レビューから見えてきたこと


  • 治療効果の向上: 予後予測ツール(STarT Back)で患者を低・中・高リスク群に分け、それぞれに最適化された治療を提供した群は、従来の画一的なアプローチを受けた群よりも、12ヶ月後の身体機能(RMDQスコア)が有意に改善しました。

  • 優れた費用対効果: この層別化アプローチは、治療効果が高いだけでなく、一人当たりの医療費を削減し、QALYs(質調整生存年)を向上させるなど、経済的なメリットも大きいことが示されました。

  • 医療資源の最適化: 層別化により、低リスク患者への過剰診療を防ぎ、中・高リスク患者へは必要な治療を確実に提供する、医療資源の最適化が達成されました。

  • 大きな社会的利益: 結果として、患者の仕事の欠勤日数が有意に減少し、生産性損失において一人あたり平均£675のコスト削減という、大きな社会経済的利益が示されました。



背景と目的

腰痛は世界的に見て非常にありふれた健康問題であり、プライマリケア(初期診療)における大きな課題です。これまで、腰痛患者さんに対しては、画一的な、いわゆるone-size-fits-allのアプローチ(誰にでも同じように当てはまるようなやり方)が取られがちでした。


しかし、腰痛の原因や予後は患者さん一人ひとり異なり、このアプローチでは非効率的であることが指摘されてきました。


そこで本研究は、予後予測に基づいて患者をリスク別に層別化し、そのリスクに応じた治療を行う新しいアプローチ(STarT Backアプローチ)が、従来のベストプラクティスと比較して、臨床的にも経済的にも優れているのか?を検証することを目的としました。


方法


研究デザイン

科学的根拠のレベルが最も高いとされるランダム化比較試験(RCT)が採用されました。


対象者

英国の一般診療所を受診した18歳以上の腰痛患者さん851名が対象となりました。


介入群と対照群


介入群 (568名): STarT Backスクリーニングツールを用いて患者を「低・中・高」の3つのリスク群に分類しました。

  • 低リスク群: 専門家によるアドバイスとセルフケア指導が中心。

  • 中リスク群: 標準的な理学療法(症状と機能改善が目的)。

  • 高リスク群: 心理的アプローチを強化した理学療法(身体機能に加え、恐怖回避思考などの心理社会的因子にも介入)。


対照群 (283名): 初回の評価・治療セッションを担当した理学療法士の臨床的判断に基づき、現行のベストプラクティスとされる治療を提供しました。


評価項目:

主要評価項目: 腰痛による日常生活の障害度を測るローランド・モリス障害質問票(RMDQ)の12ヶ月時点での変化を評価しました。


副次評価項目: 医療費、QALYs(質調整生存年)、腰痛による欠勤日数なども評価されました。


結果

研究の結果、層別化アプローチの優位性が明確に示されました。


身体機能の改善(RMDQ)

介入群は対照群と比較して、4ヶ月時点と12ヶ月時点の両方でRMDQスコアが有意に大きく改善しました。12ヶ月時点での平均改善差は1.06ポイントであり、統計的に意味のある差でした。特筆すべきは、対照群でさえ臨床的に意味のある改善(RMDQスコアで2.5ポイント以上の変化)を示した点です。つまり、STarT Backアプローチは、すでに効果的な現行のベストプラクティスをさらに上回る結果となりました。


費用対効果

介入群は対照群に比べて、12ヶ月間でQALYsが平均0.039増加したにもかかわらず、一人当たりの医療費は平均£34.39削減されました。つまり、より効果的で、より安価なアプローチであったことが証明されました。


欠勤日数の減少と社会的インパクト

介入群は対照群よりも、腰痛による欠勤日数が有意に少ないという結果でした。これは生産性損失の観点から見ると、介入群では対照群に比べて一人あたり平均£675(当時のレートで約85,000円以上)ものコスト削減に繋がり、社会経済的にも非常に大きな利益があることを示しています。


治療内容の違い

この結果を生んだ背景には、治療アクセスの最適化があります。介入群では、低リスクと判断された患者さんのうち、追加の理学療法に紹介されたのはわずか7%でした。


一方、対照群では、臨床判断のみに頼った結果、低リスク患者さんの約49%が追加治療に紹介されていました。 逆に、対照群では**中リスク患者の40%、高リスク患者の32%が、本来必要だった可能性のある追加治療には紹介されていませんでした。


それに対し、介入群ではほぼ全員が適切な治療にアクセスできていました。この差が、全体の治療成績の向上に繋がったと考えられます。


今後の課題

この研究の素晴らしい結果を臨床応用する上で、知っておくべき研究の限界も存在します。


まず、追跡調査からの脱落率が想定よりも高かったため、結果に影響を与えた可能性があります(ただし、統計的な補正は行われています)。


治療を提供するセラピスト個人の技術や経験による効果のばらつきを、完全に調整しきれていない可能性があります。


この研究は英国の医療制度(NHS)のもとで行われたものであり、他の医療制度や、腰痛以外の他の筋骨格系疾患にも同じ結果が当てはまるかは不明です。


研究から見えてくる、現場での活かし方とヒント

この研究結果は、私たち臨床家に非常に重要なメッセージを投げかけています。それは、これまでの経験や直感だけに頼るアプローチから、エビデンスに基づいた客観的な評価を取り入れることの重要性です。


予後予測スクリーニングの価値

STarT Backのような予後予測ツールを用いて患者さんのリスクを客観的に評価することが、効率的で効果的な治療計画を立てるための第一歩となります。これにより、誰に、いつ、どのような介入をすべきかが明確になります。


低リスク患者への対応 

「予後良好」と判断された低リスクの患者さんには、過剰な徒手療法や頻回な通院指導は必要ないかもしれません。むしろ、安心感を与えるための適切な情報提供や、セルフマネジメント能力を高めるための指導が中心となります。これは、患者さんの時間的・経済的負担を減らすだけでなく、貴重な医療資源をより必要としている患者さんに振り分けることにも繋がります。


中・高リスク患者への対応 

一方で、最も見逃してはならないのが、中・高リスクの患者さんです。特に、恐怖回避思考や破局的思考といった心理社会的因子が強く関与する高リスクの患者さんには、従来の身体的アプローチだけでは不十分な場合があります。これらの患者さんをスクリーニングによって早期に特定し、標準的な理学療法や、必要に応じて心理的アプローチを強化した専門的な介入を積極的に行うことが、慢性化を防ぐ鍵となります。臨床判断だけに頼ると、これらの患者さんに必要な治療を提供する機会を逸してしまう可能性があります。


まとめ


  1. 画一的なアプローチから脱却し、患者の予後リスクに応じた「層別化アプローチ」を導入する。

  2. 低リスク患者には「やりすぎない勇気」を持つ。適切な情報提供とセルフケア支援を主軸に。

  3. 中・高リスク患者は「見逃さない」。身体機能だけでなく心理社会的因子にも目を向け、専門的介入をためらわない。


参考文献


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