パーソナルトレーニング事故から考える安全な運動指導とは?評価・判断・リスク管理の実践ポイント
- 33 分前
- 読了時間: 10分
はじめに
近年、健康志向の高まりやボディメイク需要の拡大に伴い、個人の目的や身体状態に合わせて指導を受けられるパーソナルトレーニングが広く普及しています。
一方で、トレーニング中のけがや体調不良など、身体被害に関する相談も報告されており、国民生活センターも「パーソナル筋力トレーニング」によるけがや体調不良への注意を呼びかけています。
パーソナルトレーニングは、適切に行えば健康づくりや身体機能の改善に有効な手段です。しかし、対象者の身体状態を十分に把握しないまま負荷を高めたり、痛みや違和感を軽視したりすると、かえって身体被害につながる可能性があります。
本記事では、2026年5月27日に公開された消費者安全調査委員会の報告書[1]をもとに、パーソナルトレーニングにおける事故が起こる背景を整理し、トレーナーやセラピストが現場で何を確認し、どのように考え、判断し、対応すべきかを包括的な視点から解説します。
パーソナルトレーニングにおける事故の実態と背景|増加する事故と重症化の傾向とは?

事故情報データバンクに登録されたパーソナルトレーニングにおける事故は、2019年1月から2025年12月までの間に196件に上ります[2]。
2022年以降は毎年30〜45件程度が継続的に発生しており、その対象は20歳代から80歳代以上まで幅広い年代にわたっています。
特に注目すべきは、その傷病の程度です。登録された事故のうち、41%(81件)が「治療に1か月以上を要する」重大なケガとなっています[2]。
多発するケガの部位と種目

受傷部位としては、以下の順で多く報告されています 。
腰・股関節:30%(59件)
膝・足(下半身):22%(44件)
肩・腕(上半身):10%(20件)
具体的な負傷例としては、バーベルを用いたスクワットやデッドリフト、自体重による腹筋運動やスクワット中に、腰椎・胸椎の圧迫骨折、椎間板ヘルニア、半月板損傷、腱板断裂(筋断裂)などの怪我に至ったケースが報告されています。
背景にある「利用者層の多様化」
数十年前までのパーソナルトレーニングは、ボディビルダーやアスリートなど、一定以上の基礎体力を有する層を主な対象としていました。
しかし、ここ数年、ダイエットや健康維持・増進、リハビリなどを目的とした一般消費者にサービスが急拡大しています。
実際に、パーソナルトレーニング利用者を対象としたアンケート調査では、開始前の半年間に「全く運動をしていなかった」と回答した利用者が21%存在していたことが報告されています[3]。
つまり現在のパーソナルトレーニングでは、基礎筋力や体力レベルが十分ではない人や、「今の動きは危ないかもしれない」「無理をしているかもしれない」といった身体からの警告サインを感じ取りにくい人でも、高負荷トレーニングを受けるケースが増えている可能性があります。
事故の発生メカニズムと運動指導者が注意すべきポイント
この報告書では、パーソナルトレーニング中に発生する事故の多くが、単なる偶然や不運ではなく、指導プロセスのどこかで安全確保のための確認や判断が不十分だった結果として生じていることが示唆されています。
運動指導者が注意すべきポイントについて以下の3つが挙げられます。
指導者が注意すべきポイント | 起こり得るリスク | |
身体状況の共有 | 既往歴、現在の痛み、当日の体調、医師からの指示、過去のケガなどを正確に確認する。利用者が身体の不安を申告しやすい環境を作る。 | 骨密度低下や既往歴などの重要な情報が共有されないまま運動を実施し、骨折や症状悪化につながる可能性がある。 |
運動プログラムの策定 | 身体機能や運動経験に応じて、適切な運動種目・負荷・回数・フォームを選択する。 | 身体状況に見合わない高負荷トレーニングや不適切なフォームにより、腰痛悪化や関節損傷を引き起こす可能性がある。 |
運動の実施 | 動作や表情、疲労、疼痛の訴えを観察しながら、必要に応じて補助・修正・中止を判断する。 | 疲労によるフォーム破綻や痛みを見逃したまま継続し、筋断裂や骨折などの重大事故につながる可能性がある。 |
トレーナーやセラピストには、単にトレーニング方法を教えるだけではなく、利用者の身体状態を評価し、起こり得るリスクを判断しながら、適切に運動内容や負荷を調整するスキルが求められます。
安全にトレーニング指導を行うための3つの視点
ではなぜ、専門家による指導現場であっても、このような事故やエラーが発生してしまうのでしょうか。
ここでは、報告書の内容をもとに、安全確保の行動を阻害する要因について整理しながら、安全にトレーニング指導を行うために重要な3つの視点を解説します。

トレーナーの知識・技術・経験不足
現在、日本ではパーソナルトレーナーとして活動するために国家資格は必要なく、資格がなくても指導を行うことが可能です。そのため、トレーナーによって知識や経験には差があります。
特に、解剖学・生理学・バイオメカニクスなど身体に関する知識だけではなく、運動経験の少ない人、既往歴や疾患を抱える人、高齢者、骨粗鬆症など医学的リスクを抱える対象者に対する理解が不十分な場合、安全性に配慮できていない運動指導につながる可能性があります。
そのため、トレーナーやセラピストには、単にトレーニングを指導するだけではなく、「その人にとって安全かどうか」を判断する知識と視点が求められます。
確認漏れや危険性の過小評価(ヒューマンエラー)
どれだけ知識や経験があっても、「これくらいなら大丈夫だろう」といった危険性の過小評価や、問診・確認作業の慣れによる確認漏れなど、ヒューマンエラーを完全に防ぐことは困難です。
特に、複数のスタッフが1人の利用者を担当する現場環境では、既往歴や疼痛、不安感などの重要な情報が十分に共有されないまま指導が行われるケースもあります。
そのため、安全なトレーニング指導では、「知っているはず」ではなく、毎回確認することや、情報共有を仕組み化する視点が重要になります。
利用者が「痛い」「無理」と言いにくい心理的・認知的環境
パーソナルトレーニングでは、利用者自身がトレーナーの指示を理解し、フォームを意識しながら身体を動かすことに集中しています。
そのため、脳の注意力の多くが運動制御に使われ、「痛み」や「違和感」といった身体からの危険信号に気づきにくくなる場合があります。
また、運動による高揚感や達成感によって、一時的に痛みを感じにくくなることもあります。その結果、「まだ頑張れる」と無理を続けてしまうケースも考えられます。
さらに、利用者はトレーナーを「身体の専門家」として信頼しているため、自分では不安を感じていても、「大丈夫です」「もう少し頑張りましょう」と言われると、自分の感覚よりも専門家の判断を優先してしまうことがあります。
そのため、トレーナーやセラピストには、「本人が大丈夫と言っているから問題ない」と考えるの
ではなく、表情やフォームの変化、疼痛の訴え、疲労状態などを客観的に観察しながら、安全性を判断する視点が求められます。




