動きの「質」の評価を再考する:傷害のリスクから、効果的なエクササイズ処方の指針へ
- フィジオプラス

- 2025年11月12日
- 読了時間: 9分
はじめに
理学療法士の Gray Cook 氏が考案した ファンクショナルムーブメントスクリーニング(FMS: Functional Movement Screen) は、傷害リスクを予測・予防する目的で広く普及してきました[1]。
本記事では、「動きの質」に対する評価の意義を改めて見直し、動きの質の評価を不確実な傷害予測の手段としてではなく、一人ひとりのクライアントにとって安全かつ効果的なエクササイズ処方を導くための信頼できる指針として活用するヒントとしてわかりやすく解説していきます。
なぜ「傷害予測スクリーン」という考え方は誤解を招くのか
動作評価を傷害予測の目的で用いることには、根本的な限界があります。
その理由は、主に2つの点に集約されます。
「スクリーニング」の厳密な定義
まず、私たちが安易に使う「スクリーニング」という言葉は、本来、医療分野で厳密に定義された用語です。医学的なスクリーニングとは、「症状が現れる前の段階で、病気や異常の可能性を見つけ出すための方法」を指します[3]。
これが有効であるためには、以下の2つの条件が不可欠です。
評価指標(検査結果など)と病気の発生との間に、明確な関連があること
早期に介入することが、発症後に治療するよりも明らかに効果的であること[4]。
ところが、動作評価のスコアとケガの発生との間には明確な因果関係が確認されておらず、また「動作を改善すればケガのリスクが確実に低下する」という強い科学的根拠(エビデンス)も示されていません[2],[5],[6]。
この厳密な定義に照らして考えると、動作評価を「傷害を予測するスクリーニング」として用いることが適切でない理由は明らかです。
そして、その限界は、傷害が単一の要因ではなく、身体的・心理的・環境的など複数の要素が絡み合って生じる複雑な現象であることを理解することで、より一層明確になります。
傷害の多因子性
スポーツ傷害の発生メカニズムは、単一の要因ではなく、非常に複雑かつ多因子的です。[7]。傷害は、身体組織にかかる物理的な負荷が、その組織の許容量を上回った瞬間に発生します。
例えば、ハムストリングの肉離れを考えてみましょう。この傷害は、単に「動きが悪い」から起こるわけではありません。多くの場合、過去の受傷歴、遠心性筋力の低下、疲労の蓄積、高速でのスプリント動作といった
複数の内的・外的リスク要因が、ある特定の瞬間に重なり合うことで発生します。
このような多因子構造は「傷害リスクのピラミッド」として概念化されています。[8]

ピラミッドの基底部には過去の受傷歴や疲労など影響の大きい要因が位置し、動作の質はその頂点に位置する
比較的小さな一要素に過ぎません。
このような構造こそが、動作評価ツールと傷害発生率との関連性が一貫して弱い理由であると考えています。
動きの質を評価する「本当の価値」とは?
「ケガを予測するため」ではなく、「安全にトレーニングを進めるため」に動きの質を評価することで動作評価を行うの本来の価値が見えてきます。
それは、患者やクライアントが運動を始めるまえに今のカラダがどんな状態にあるのか、いわば「現在地」を示すことで、安全なトレーニングへ導く指針となるということです。
動きの質を評価する目的は、クライアントが処方されたエクササイズを安全に、適切なフォームで行う力を持っているかを確かめることにあります。
つまり、「ケガを予測するためのチェック」ではなく、「安全性を確保するためのガイド」としての評価を行うことで患者やクライアントが今できる動き(実施可能なバリエーション)と、まだ修正や制限が必要な動きを明確に区別することができます[9]。
不適切なフォームでトレーニングを続けることは、悪い動きの癖や筋のインバランス、不良姿勢を招き、長期的には健康やパフォーマンスを損なう可能性につながります。
だからこそ、動きの評価を通じて患者やクライアントの現在地を把握することが、最適なプログラム設計の出発点になると考えています。
動きの評価から介入へ:エクササイズ処方を導く実践的フレームワーク
動きの評価をどのように現場に活かし、具体的なエクササイズ処方という安全で効果的なエクササイズプログラムとして提案すればよいのでしょうか。
以下に、明日から現場で活用できる5つのステップからなる実践的なフレームワークを示ししています。
基本動作の評価:まず、FMSのような体系的な評価ツールを用いて、クライアントの現在の動作能力(例:スクワット、ランジ、片脚立位、プッシュアップなど)を客観的に評価し、ベースラインを確立します。
機能不全の特定 :評価を通じて、望ましくない、あるいは非効率な動作パターンを特定します。例えば、「ランジ動作中の膝の過度な内側への移動(膝外反)」といった具体的な問題点を見つけ出します。
原因の仮説立案: 特定された動作パターンに基づき、その根本原因となっている可能性のある機能不全について仮説を立てます。先の例であれば、殿筋群の筋力低下や足関節の可動域制限、股関節内転筋群の過度なタイトネス要因などが主な機能障害の原因として考えられます[10]。
エクササイズの選択と指導:立てた仮説を検証し、機能を改善するために、原因となっている機能不全にアプローチするコレクティブエクササイズ(=修正エクササイズ)を処方します。殿筋群の筋力低下が原因だと考えられるなら、クラムシェルやヒップスラスト、バンドウォークといったエクササイズを選択し、適切なフォームで指導し、機能を改善させます。
再評価とプログレッション :介入によって機能不全が改善し、問題が認められた動作の質が向上したことを再評価によって確認します。動きの質が改善されれば、より複雑な、あるいはより高負荷のエクササイズ(例:ダンベルランジ、バーベルランジ)へと安全に段階を進めていくことができます。このプロセスを繰り返すことが、長期的なトレーニング効果の向上につながります[11]。このような段階的なエクササイズ処方を通じて、患者やクライアントが安全に実行できるエクササイズの選択肢そのものを増やし、トレーニングプログラムの多様性と長期的な運動効果を高めることが期待できます。
ちなみに、FMSと同じ動作の質を評価するSFMA(Selective Functional Movement Assessment)は痛みを伴う動作や機能障害を臨床的に評価し、医療専門職がクライアントにとって最適なリハビリテーションおよび治療的エクササイズを選択することを支援する目的で開発された評価方法です[12]。
なぜ、感覚的ではなく体系化された動きの質を評価することが重要なのか?
経験豊富な指導者であれば、患者やクライアントの動きを見て、無意識的あるいは感覚的に評価を行っているかもしれません。
しかし、その「感覚的・非構造的な評価」と、FMSのような「体系的・構造的な評価」との間には決定的な違いがあります。体系的な動作評価アプローチには、以下のような明確な利点があります。
網羅性 | 特定の動作だけでなく、基本的な動作パターンを網羅的にチェックすることで、ベースラインとなる動きの質について、より完全な全体像を把握できます。 |
信頼性 | 標準化された手順と基準を用いるため、後の再評価において、介入によって本当に変化が起こったのかどうかを判断するための、より信頼性の高い方法を提供できます。 |
客観性 | 専門家であっても、非構造的な方法では重要な情報を見逃す可能性があることが、医学研究でも指摘されています[12]。 |
このように体系的な動作評価は、トレーナーやセラピストの検査者の主観や経験だけに頼ることなく、見落としを防ぎ、より客観的な意思決定をサポートすることができます。
まとめ
動きの質を評価するツールは、ケガを予測するためのものではありません。 それは、患者やクライアントの「今の状態(現在地)」を把握し、安全で効果的なトレーニングへ導くための指針として活用するべきです。
動きの質を評価する目的は、エクササイズプログラムの質を高め、トレーニングの安全性と成果を最大化すること。つまり、評価によってクライアントの課題と強みを明確にすれば、より的確なエクササイズ提案ができ、指導の精度が確実に上がります。
傷害のリスクを予測するという曖昧な目的ではなく、動きの質を評価し、安全で効果的なトレーニングを処方するための手段として活かすことが重要です。
明日からの臨床や運動現場で、患者やクライアントの動きを丁寧に観察し、いま何ができていて、できないのか、そのために何から取り組むべきなのか。
その答えを導くツールとして、ぜひ動作評価を活用してください。
参考文献
Cook G. Athletic body in balance. Champaign, IL: Human kinetics; 2005.



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